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11月5日(土)LOST TIME MAKES ME

このサイトで最後の日記を書きます。BGMは去年の正月ハロコンの名古屋遠征用に 作ったMDです。酒は本生です。

つらつらと書き続けてきたこの文章の数々。ざっと開始から読み返してみたのですが、 果たしてこの文章を連ねるという行為が、自分にとってどのような価値を持っていたのか。 それは明確に答える事はできません。ただ、このサイトを始めた2002年12月と今を見比べて、 自分の生活や価値観や思考内容も、このハローという未曾有の組織を取り巻く環境も、 またモーニング娘。の中にいる人も、すっかり変わってしまいました。

それがいいのか、悪いのかは別にして、自分はまたこんなに遠いところまで来てしまった。 そんな気がしています。サイトを始めた時でさえそう思っていたのですが、 それでも、ここまで遠くへ来ると、始まりの焦点がぼやけ、また明確な帰着点さえぼやけていくようで 怖いです。そして、いつか、こんな風にインターネットに文章を書いていたことさえ 曖昧ではっきりとしない記憶の一部になってしまった時、 そっと、何をするでもなくこのサイトを眺め、あぁ、自分にも若い時期があったんだなぁと、 一人呑みながら感慨に浸る計画を立てています。

人の命というのはちっぽけで、その意味を見出せずにいましたし、 今でさえ十分に曖昧です。ただ、そんなちっぽけな自分が、他の存在を動かし、 またちっぽけであるはずの他の存在に動かされ、それが時に様々な感情と感動を 生み出し、有機的に繋がり、時に自分の中の何か大きなモノに繋がる時、自分はその 生きている意味を感じれる事が出来たのかもしれません。

実は自分は勉学などにさらさら興味は無く、ただ音楽をやりたい理由で関東へ来た経緯が あります。しかし、自分の技術のなさに挫折し、また娘。に強烈に感化される中で、 音楽を、ギターを放り出して、その喧騒の中に身を投じてしまいました。 それの後悔というのは、全く、絶対無いと言えばもしかしたら嘘かもしれません。 でも、自分はこの辿ってきた道のりに、意味合いも感じてもいます。 それは、先程挙げた生きる意味であったり、そして一生涯かかっても得られない 楽しさだったりします。しかし、本当の事を言えば、自分も、あのステージ上に立つ娘。達の 様に、注目されるポジションに立ちたいとも思っています。 それは決して煌びやかなステージの上ではなくてもいい。 むしろ自分なりの方法で、自分なりの立ち方で、自分の納得出来る位置に付ければと、 今では思っています。それに加え、美味しいモノが食べれるお金が入れば万々歳かと。

でも、まだ展望なんてもんじゃない。ただ漠然としたものです。

ヲタとしてのこれからの自分ですが、まず、娘。コンに行こうと思います。 最近、妙にれいな辺りが好きになってきたので、そこにも注目していければと思います。 それら含め、今後の事は新サイトに書いていく予定です。

本当は思い出いっぱいの最終回にしようかと思っていたのですが、 自分の中の思い出は既に文章にしたためてありますし、その時感じた感動の数々は、 徐々に色あせつつもあるかもしれませんが、自分の脳裏に真実として焼き付いています。 なので、まだ後ろは振り返らず、敢えてこういう形を取りました。

そして、最後になって申し訳ないのですが、これまでこのサイトを見に来てくれた 皆々様方、本当に本当に感謝しております。自分のいいのか悪いのか分からない文章を 求めて下さる方がいることが、自分の最高のモチベーションになってきました。 一年間の休止中、随分と常連の方も離れられた感もありますが、それでも今、今現在を 見に来て下さる方がいる事に換えられるものではないと、思っております。 もし宜しければ、新サイトに移行後も、是非宜しくお願い致します。そして このサイトを通じて出会えた方々も多数いらっしゃいます。 数えたらキリがありません。その皆様方にも大変感謝しております。 こんな怠惰な自分とお付き合い頂き、感謝の言葉もありません。 宜しければ、これからサイトが変わった後にも、宜しくお願い致します。

それでは、長々とやって参りました当サイト、枯らす待ち夕暮、この辺でお仕舞いとさせて 頂きます。続きは、こちらでお楽しみ頂ければと思います。

新サイト:an autumn scene (reflected in her eyes)

それでは、ありがとうございました。

11月4日(金)an autumn scene

そして自分が何処へ向かうのかなど、明確な答えは無く、 それは漠然としか分かりません。数日前の日記に書いた通り、 自分はもう何も失わない為にここに帰ってきました。 しかし、ヲタを辞めていた頃に出来たもの、それらも同じ様に 何も失いたくないのです。

最近自分が悩んでいた事に対し、とある友人が自身のブログで、 「君はいいものを実は沢山持っている」と教えてくれました。 それが何なのかは具体的には私自身は明確に捉える事は出来ませんが、 しかし、私は自分を必要としてくれる友人や後輩含め、 自分を形作るすべての「意味」に、敬意と愛情を注ぎたいと感じています。

ここ枯らす待ち夕暮は、保田系サイトです。実は。そしてまた、ハロプロヲタサイトでも あります。そして、それとは別の概念で、ここは自分の脳内に溢れつつある 様々な思考を切り出し、吐露する場でもありました。 ここを御覧の皆様方に於いては、その恐らく殆どがハロプロが好きで、 若しくは興味があり、ここを覗いて頂いていると思われます。 しかしながら私の文章は剥離を始め、ハロプロは勿論ですが、 それ以外の要素も強くなってきた事も事実ではありますし、自分の中の生活における割合が、 ハロプロのみだった頃とは比べ物にならない程に、今では それ以外へも向いています。ヲタを辞めるのではありません。しかし、 ここは自分の身の丈にあった「場」を確保する為に、全く新しいサイトを 作る事を決めました。

それに伴い、当サイト「枯らす待ち夕暮」は閉鎖する事にしました。

現在の予定としましては、明日の更新分を以って終了としたいと考えております。 また、ログは整理を進めており、サイト自体を削除する事はまだ考えておりません。 微妙に変化を匂わしながらも、急な発表となってしまった事をお詫び致します。 元々、復帰した時点から何かリニューアルは必要だと考えておりましたが、 今このサイトが多くのアンテナに登録されている以上、 ここを娘。とは全く別の話で更新し続けた場合、 皆様の期待を裏切る可能性があった事が理由です。また、心機一転新しい事をやってみたかった というのもありますし、むしろ、この閉鎖は自然な流れと捉えていただければと 思います。

新サイトのURLは、明日発表したいと思います。また、ハンドルは相変わらず遊玲日で 参りたいと考えておりますので、宜しくお願い致します。ちなみに、どんな方向性に なるかは、現在全く未定でありまして、また相も変わらずヲタヲタしいか、 また全くそんな事はないサイトになるか、まっじめな事しか書かないのか、 若しくはバカばっかり晒してるサイトになるかは全く考えておりません。 リンクを張って頂いている、またアンテナに登録させて頂いている皆様方に於きましては、 僭越ながら新サイトを御覧になり、その内容をご確認の上、改めてご検討の程を 宜しくお願い致します。

では明晩、最後の更新でお会いできれば

11月3日(祝)She is a singer

振り返れば長い道のりを辿ってきたと思います。このサイトを開設した2002年12月、 娘。は5周年を迎えており、既に私はあまりに多くの時間をヲタとして過ごしていました。 そしてサイトの開設。大いに出遅れたものだと私は一人、軽い後悔と伴に それまで長年見続けてきた娘。テキサイの中に居を構えました。今その時の気持ちの 揺れ動きを確実に書き留める為に。

そう、2002年。それは変革の年でした。7.31の惨劇に打ちひしがれた私は、 同年春より始めた娘。コン行脚の旅をより濃密なものとしつつ、かつ同時に それまで見てきた娘。の集大成を求め、右往左往する日々。そして中心にいたのが 他ならぬ保田圭。彼女の卒業までの日々を憂いなく書き留めるために始めたサイト、 それが当サイト、枯らす待ち夕暮でした。

どうして保田圭を好きになったのか。初めは、なんとなくでした。 どれもパッとしないモーニング娘。の面々の中で、選ぶとしたらまぁこの人。 そんな程度でした。それがいつしか自分がヲタとなりつつある中で目の当たりにした、 本当の彼女の実力と、不遇とも思えるグループの中での立ち位置とは真逆の評価。 娘。を見つめれば見つめる程に、彼女の存在が光輝き、そしていつしか、 自分はヲタと呼ばれるレベルに達した時、その脳内思考の中心にいたのは保田圭でした。 保田圭がいたから自分はここまでヲタになれたし、 また、ヲタと化した事により、通常には見え難い彼女の一面を垣間見る事に成功したと、 今では思っています。

そして、5.5の赤いSSAが過ぎ去った後、そこに残されたのは虚脱感。それを埋めてくれたのが、 他ならぬ、後藤真希とメロン記念日だったと思います。寂しさ故の暴走か、または真にいいものに 巡り合えた事へのリアクションか、その後、ずるずるとごまコンに傾倒していき、また、メロンライブ にも傾倒していきました。それは今まで自分がしてきた活動の中で、最もストイックを極め、 時に全国を津々浦々渡り歩けば、またツアー全公演達成という暴挙にも似た 日程を消化する毎日を送っていました。

いつしか日記は遠征記へとその役目を変え、保田圭の文面が急速に 文章の中から消えてきました。あれ程好きだった保田圭の存在はどこにあるのだ。 散々悩みを内に抱えつつ、しかし高速で送り出されるメロン、ごまのライブ日程に 予算と予定を合わせる日々に追われ、またそのライブがいかに素晴らしいかを体感するために 彼女への考察を忘れ、合間に羅生門という舞台を挟みつつも、 それはかつて望んだ彼女の姿とは違う事に心のどこかで落胆を覚え、 そしていつしか時間は2004年の夏へ。

不意に投下された情報に目を奪われつつ、またその運命を呪ったのが、2004年の8.8台場。 同日にごまメロンが愛知の美浜で、もはや伝説、または集大成とも言われるライブを開催する 予定が決定しており、当の私も行く気マンマンでその日に望んでいた矢先、 まさかまさかの同日開催の報。当然悩みました。悩んだ末出した結論は、台場の保田圭参戦。

今でも、どちらに行けば正解だったかということは分かりません。GM03Sから04Sへと続く一連の 流れの集大成を見逃したのは、自分のヲタ活動においてこの上ない失策であり痛手であり、 また損でも、あります。しかし、台場を回避して美浜に望めば、決して自分は自分を許せなく なるだろう。そして、自分のヲタとしての根幹を見失うだろう。ギリギリまで悩みました。 そして悩んだ末参戦したお台場フォークジャンボリー。 同公演第二部で彼女は久し振りに一人でステージに立ち、開口一番こういい放ちました。

「保田圭初ソロコンサートへようこそ」

その瞬間に立った鳥肌と、そして一瞬よぎった切なさが、私の脳裏をくすぐり、 しかしながら翌日の日記から抜粋するこの一文がその時の気持ちを端的に表しています。

「ヤスヲタやってて8月8日こそが今までで一番幸せだった日なのかもしれない。」

そう、こう感じたのは恐らく真実。しかし、それと同時に感じた、あの切なさが脳裏から 離れずにいた事は事実。あぁ、保田圭は自身のソロコンサートを自身の所属する事務所からは 開かせて貰えないのだと。フォークジャンボリーにゲストとして招かれたこの公演のみが、 結局はソロコンサートの唯一の舞台なのかと。

それ以後、一人歌う保田圭の姿は見ていません。今現在俺が彼女に望むもの、 それは、自分の歌を、自分の為に歌う彼女の姿です。 ソロでもいい、またユニットでもいい。自分自身、または自分達自身の為の歌でもって、 自分自身の為に歌うその姿。 自身の曲ではないカバー曲を、いくらかの事情の中で歌う事ではない。 借りて来た猫でなく、いつの日かギラギラと目を輝かせ、 虎視眈々とインパクトを残す瞬間を狙ってるその姿が見れるその日まで、ヤスヲタとしての 私は、開店休業状態とします。本当に納得出来る保田圭が見れる、その日まで。

以上が、2005年秋現在における私の保田圭への接し方であり、捉え方であります。 当方ヤスヲタ、その看板を降ろす事はしませんが、 本当に大切な人だから、本当に大切に思える瞬間に出会いたい。それだけです

11月2日(水)自分を形作るもの

そもそもこんな時期に入って、何故また私、遊玲日はモヲタ界という暗雲と混沌と 不安しか立ち込めない領域に再入場したのか。外の世界でそこそこ安定したポジション と役割と日々淡々とした作業に喜びを感じていればいいものの。

かつて自分が持ってた物、それは全国のどんなとこにも自力でどんな手段でも 行ってやるというストイックさと、現場で弾け切るだけのファンクさ、そしてそれらの感動の 思い出を現在進行形で更新させていける事への喜び。また、 それら出来事を毎日のように日記で綴ることから発生するよく分からない文章力。 そして、何よりハロプロという幾多あまたの問題点を抱える団体を対象 とした事により根付いた己の中の複雑怪奇な「論」。それらがあっという間に、 たった一年で恐ろしいくらいの速度で消え失せている事への警戒感が、 急にもやもやと湧き上がり、しかし時期を逸し早や秋。

ところが、なんと言う運命か。たまたま、予期しないところで、9月23日が なんとフリーとなってしまいました。バイトも入っておらず、特にこれと言った 約束もなく、ただ怠惰な一日を過ごすだけとなってしまったこの日。 ついに、ついに何かが自分の中でふつふつと沸き起こり、気付いた時は当日 午前1時。もう二度と使う事はないと思っていたヤフオクに手を伸ばし、 落とした先は当日の大阪生誕祭の昼夜チケ。それから急ぎ交通手段を手配し、 向かった先はグランキューブ。しかし、その内容に関する感想は、とてもいいものとは 言えませんでした。まだまだごっちんコールのこだまする会場を後にし、 友人に送ったメールには、一言、「俺は既にヲタではない」

この現実を目の当たりにし、足取り重く帰宅した私はPCに向い、 昨日の感想をかつてよく参考にしていた各所を巡る事で再確認しようとしました。 そこで目の当たりにしたものは、批判と感動と、そして今し方、昨日大阪にいた 自分にはない、深い考察に満ち溢れた文章。そうか、そうなのかと打ちひしがれた思いでした。 後藤真希のステージが足りなかったのではない。自分が足りなかったのだと。 そして、このもやもやを吐き出す為に私はまたPCに向い、サイトを巡り、またDVDを買い、 そしてサイトを再稼動させて事の打開に努めました。そしてその中で徐々に蘇ってきたものは、 かつて、自分が感じていたものへの感動。そして、自分がずっと見続けてきたものへの愛着。

もう一つ、自分がここへ戻ってきた理由として、自分がかつて心底大好きだと誓ったもの に対し、自分はここまであっさりとそれへの興味を捨て去る事が出来るのかという 自己嫌悪に似た疑問がありました。人間は、忘れる事が出来るから生きていける。 確かに、私もそう思いますし、それに嘘はないと思います。 縛られていた過去から開放されて、自由に未来を羽ばたける。素晴らしい事です。 しかし、それが自分には許せない。かつてあれ程、決して軽い気持ちじゃなく 好きだと思えたものに対し、その翌年にはあっさり忘れた、はないだろうと。 そして、それを好きだった頃の自分、17歳〜22歳の自分へ、これほど申し訳ないものはないだろうと。 私事ではありますが、私は常に、昔を切り捨てる事で頑張ってきた部分もあります。 あるときは地元の友人を、時に音楽を、自分が変われるはずだという理由だけで捨ててきた。 そして新しいものを得て、新しい自分になってきたつもりでいた。 しかし、それで得られた結論は、自分は何を得ようとも捨てようとも自分は自分であり、 むしろ、捨て続けて何も残ってはいないこの現状こそを危惧すべきというものでした。 なので、自分はこのまま娘。を捨てていいのか。あれ程熱中したものを捨てていいのか。 それは、一年間ずっと心の奥にありました。

そして、9.23を経て、様々な紆余曲折の後、 10月後半に入る頃には、自分に徐々にヲタとしての感覚が戻り、 それを改めて確認すべく挑んだのが、先日のごまの厚生年金と、娘。の千葉でありました。 結果、自分の中に芽生えた結論は先に日記でご報告させて頂いた通りです。 そして、自分は改めてヲタと名乗ります。その詳細はまだ未決定な部分もありますが、 前年のように、毎月毎週現場を巡る事も無ければ、特にこれという印象のない音源も手当たり次第 で買う事はなくなるかもしれません。ただ、自分は見続けていきます。この 荒涼として愛に溢れた、娘。というフィールドをその終わりまで。

あと、書いていない事項は二つ。現在ライブハウス公演の予定のないメロン記念日と、大本丸 保田圭です。メロンに関しては結論は持ち越したいのですが、 保田圭については次回更新にてお伝えしようと思います。

11月1日(火)Dreamer's song

そこに何を求めていたのかはいまいち自分でもよく分からない。 しかし、事実、先週土曜と日曜で体験した二本のライブ、厚生年金でのごまと、千葉県文化会館での モーニング娘。は、明らかに娘。の方が楽しかった。確かに、席もあるかもしれない。2階の 端と1階の中域ではそれは感度に差も出る。しかし、こんな事は今までなかった。 どんな環境でも自分は後藤真希に完膚なきまでに酔いしれ、かつ未来を想像した。 神託とも思えるMCを聞き、「ずっと見ててね」という言葉に永遠を誓ったのは2年も前の事ではない。 では何が違うのか?それはセットリストのせいでは決してないと思う。 今回の参戦にあたり何度もCDを聞き返し、そして自分が今回のツアーで初めて聞く 音源のいくつかも十分に好きになった。だが、そこにあったものは かつての興奮ではなく、むしろかつての興奮を追い求めるも現実との剥離に 戸惑うばかりの自分。一体何が違ったのか?

後藤真希のライブというのは、常に戦場であった。時に過激の限界を目指し、 また歌唱の成長を目指すものであった。後藤真希のあくなき挑戦を目の当たりにし、 それに対する限りない支援者として、その過程を見続け、応援に駆けつけ、夜な夜な 文章にしたて上げるのが自分の役割りに思えたかもしれない。 また、その度に聴いた後藤真希のMCにはあくなき未来への希望と本日への満足が入り混じり、 またそれに伴い、私は後藤真希の短期的な成長目標を確認し、それに注視した。 後藤真希は急激に成長をし、たった一週間でさえ見逃せば次には全く新しい後藤真希が そこにいた。そしてその度に感動し、また不安を提唱し、未来への展望を挙げた。

今ツアーのMCを聴かれた方なら思い出されるかもしれない。 そこに本日への満足は存在したかもしれないが、未来への希望の展望は見えなかった。 このまま自分らしく頑張っていく。それは、現状維持に過ぎず、 かつて見ていた姿ではない。実際、先日聞いた後藤真希の歌声、パフォーマンスは 今まで見た、聴いた中でも最高のものだったかもしれない。 会場中に広がる伸びやかで輪郭のある歌声。更に完成され精度の増したダンス。 そして、一曲の中にそれらを両立させるパフォーマーとしての技量。 涙の星一曲であれ程はらはらさせられた昔が嘘みたいだ。しかし、 それらにドキドキする事は今回はなかった。

大変失礼な話かもしれない。こうなって欲しいと望んだ姿になった途端に行き場所を見失う。 しかし、事実こう思ってしまった瞬間に、自分がここにいるべき人間ではもうないとも 思い知らされる。会場を見渡す。ここに満足している人達は多い。ツアー日程の大幅な軽減もあるが、 がらがらの倉敷の2階席も、すかすかの新潟の後方もここにはない。 恐らく、また盛り上がる曲を中心に組めば後藤真希ツアーへの魅力は回復出来るだろうし、 固定層も、そう離れては行かないかもしれない。自分勝手な責務を感じる必要も無ければ、 あれが足りないこれが足りないと現状打破の思索を勝手に模索する必要もない。 決意というか決心というか、または自然な流れかもしれない。その前に、 一年前に既に結論は出ていたのかもしれないが、改めて、ごっちんありがとう。 自分はここを去ります。勿論、たまの公演には行くかもしれないし、 そこに戻れば故郷に帰って来た気分になるかもしれない。 ずっと見続けて行こうとは思う。相も変わらずごまヲタではあろうと 思うものの、ごまコンヲタであるという側面では、その一切を 一旦完結させます。

そんな訳で、ダラダラと続いてきた私、遊玲日の後藤真希を探る 長旅は一旦ここで終了です。

既に十分過ぎる程の秋。あと数回の更新を以って、このサイトでやってきたことの その後と、現状の確認をしていこうと思います。それから以後は結論は出ていますが、 ここは明言を避けます。

10月31日(月)酒街徘徊の前章から次章へ

たった一言だけ伝えれるとしたら、モーニング娘。はやっぱり最高だという事。 一年振りの娘。参戦。そして度重なるメンバー脱退により、前回見た中でも3名が既にいない。 でも、どうして、なんでやっぱり最高なのか、それでも娘。は娘。という機能を有し、 何人に憚られる事なく存在し続けるのか。

正直言えば、昔の方が豪華であり、華のあるメンバーも多い。名を挙げればキリがない、その 多くが今でも芸能界で存在し続けて、固定層を持ち、独自の活動を繰り広げてる。 だがしかし、娘。とは元々そういう存在ではなかった。 地方出身のよく分からない奴等が、先の見えない漠然とした不安に満ち溢れ、 それでもそのパフォーマンスにより己の存在を雄弁に、かつ泥臭く示す団体。 なんだ、なにも変わってなかった。多少の不安もありつつ、しかしながら、己の肉体と 歌唱により、その存在を雄弁に示す存在。彼女達こそ、モーニング娘。そのものではないか。 無名?落ち目?そんな事は関係ない。そこにステージがあって、そこで高らかに歌う。 それだけで十分だった。

かくして私、遊玲日は、昨晩千葉県文化会館において、最高のモーニング娘。と、 自己の中の素晴らしいモーニング娘。を発見する事に成功した次第であります。

それにしても、地元公演ということで、初めて最初に行った公演の事を思い出しました。 あの頃は本当に絶頂の最中で、でもメンバーが激しく入れ替わり、漠然とした 不安がそこにあった事を思い出しました。そして、自らの目で、生で娘。を見られるという 感動。メロンやごまでは恐らく既に味わえないであろうその感情を、 昨晩ようやく思い出しました。

それから暫くが過ぎ、娘。のライブのキャパは増大の一途を辿り、 一大タレント集団となり、メンバー歌詞の長さや、扱いの良し悪しで 時に、微妙な感情を抱く事も実はしばしばでした。 またその人数の多さから、時に調子のいい人と悪い人に分かれ、 どっかで常に満足の行かない部分もあった事は事実です。 しかしながら、昨晩の娘。は、全員が最高で、全員が誰を失う事もなく歌い踊り、 何処に穴も無く、また何処にも完成体のない、全てが連鎖して機能する集団だと 感じました。それは6期が既に加入後暫く経ち、久住も一人だけの加入と言う事もあり、 また突出したオーラを持つメンバーがいないと言う事もあるかもしれませんが、 しかし、私は事実、昨日の娘。こそが、実は自分が本当に見たかったモーニング娘。かも しれないと感じた次第であります。

確かに、私は今現在酩酊中であります。本生の350mlが既に半分消化されています。 ですが、この酒が旨い事が事実。俺はモーニング娘。が好きだという事を再確認し、 これが、また明朝を生きる糧となる事は真実かもしれません。以上であります。

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